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スタートアップ企業数やソフトバンク・ビジョン・ファンドを始めとするファンド・投資家による投資額の増加、アメリカや中国における複数のユニコーン企業の台頭など、近年著しい成長を見せるPropTech(Property x Technology、不動産テック)領域について、「海外と日本に大きな差はない」と語るのは桜井氏。これまで一貫して金融・不動産業界に身を置き、日本初のPropTech特化型ベンチャーキャピタル「株式会社デジタルベースキャピタル」やスタートアップコミュニティ「PropTech JAPAN」を設立するなど、同領域のエコシステム構築に意欲を見せる桜井氏は国内外の動向をどのように捉えているのか。
今回のGA MAG.では、Chief Communication Officerの川村がモデレーターを務め、桜井氏と弊社代表 樋口の対談を実施。昨年1月に桜井氏が主催したPropTech Meetupのパネルディスカッションの流れを踏襲し、2018年、2019年のPropTech領域を振り返りつつ、2020年以降の動向について語ります。
※当記事は2020年3月9日に実施した対談を記事化したものになります。
モデレーター:川村 佳央(Chief Communication Officer)
執筆・編集:増田剛士(GA MAG.編集部)
撮影:今井淳史(株式会社GA technologies)
桜井: 「人」と「お金」ですね。この2年間でPropTech(※1)領域で起業するための土壌はかなり整ったと感じています。
人という文脈だと、国内外問わずスタートアップ企業が集うコミュニティ形成が活発になっています。僕がファウンダーを務めるPropTech JAPANもそうですし、イギリスではUK PropTech Association、マレーシアではMalaysia Proptech Association。最近でいうと韓国で設立されたKorea Proptech Forumのように、様々な国でコミュニティが形成され、イベントやカンファレンスによる交流も盛んになっています。
また、お金という文脈だと、アメリカではFifth Wall、日本ではデジタルベースキャピタルのようにPropTech特化型ファンドが組成されています。Fifth Wallは既に第2号ファンドを設立していることもあり、PropTech企業に対する投資も年々活発になっていることが伺えます。
そのようにPropTech領域のエコシステムが整ってきている中で、大きな特徴と言えるのが海外と日本の時間差がないということですね。
桜井:はい。先ほどの人とお金に注目してお話しすると、各国にコミュニティが形成され始めたのはほぼ同時期ですし、PropTech特化型ファンドに関してはアメリカと日本にしかありません。また、海外と日本において提供されているサービスの内容に関しても大きな差はないと感じています。そういう意味では、日本もPropTechのトップ集団に食い込んでいると言えるかもしれません。
ただし、企業数や資金調達の総額といった規模感に関してはアメリカが圧倒的です。
樋口:そうですね。例えば、アメリカでPropTechのプレイヤーが勃興し始めたのが2012 ~ 2013年になります。ソフトバンク・ビジョン・ファンドが出資をしているOpendoorやCompassという会社がアメリカで有名なPropTechのユニコーン企業ですが、我々GAテクノロジーズと同じく6 ~ 7年前の創業なんです。
エンジニアが約2000人、エージェントもフランチャイズを含めると20万人以上いると言われている中国のLianjiaのように、会社の規模や技術力で一部突出している企業はありますが、総じて見た時には大きな差はないと思っています。
桜井:注目されているビジネスモデルでいうとiBuyerですね。
iBuyerはOpendoorがソフトバンク・ビジョン・ファンドの出資を受けてから、注目の領域として語られていることが多くなりました。ただ、iBuyerは一つのわかりやすい領域として注目を集めているだけであり、PropTech全体のトレンドと言えるものは出てきていないと考えています。
なぜなら、今のPropTech領域は既存の不動産業務の効率化サービスにおいても、シードのスタートアップ企業が出てきている状態だからです。つまり、世界各国の起業家や投資家は、純粋な不動産業務の効率化サービスですらまだまだチャンスがある、と捉えているということですね。
桜井:はい、可能性はあります。ただ、アメリカやヨーロッパと日本を比較した時に差がつきやすいポイントの一つが資金力ですね。
アメリカの投資案件を見ていると、日本のスタートアップと同様のビジネスモデルで事業展開しているシードのスタートアップ企業でも、極端に言うと評価額に10倍の差が生まれることもあり得ます。同じようなビジネスモデル、同じような組織体制で事業を展開しているにも関わらず最初のスタートダッシュで資金力に大きな差がついてしまうんですね。
そういった案件を見ている中での気づきは、アメリカやヨーロッパの起業家は計画ではあれど、世界展開について語っています。アメリカの企業であればヨーロッパや世界への事業展開、ヨーロッパの企業であればアメリカや世界への事業展開という戦略を示すことにより、潜在的な消費者の数や対象とする市場がグローバル規模だと言えることは非常に強いです。
今の日本にはそういった企業はないので、僕たちがそこの架け橋となる必要がありますし、日本から世界に進出する企業が増えてくると、さらに土壌が整ってくると思っています。
桜井:そうですね。あとは「世界を市場にします」といった場合、投資家の数が大きく変わってきます。日本を市場として事業を展開するスタートアップ企業が、日本のベンチャーキャピタルのみから出資してもらう額よりも、純粋に増えますよね。日本のみでなくアメリカのベンチャーキャピタルやアジアのベンチャーキャピタルからも出資してもらえる可能性が出てきますし、実際僕たちにもそういった案件がきています。
その目線というか、視座の高さ。海外と日本のスタートアップ企業を見ている中で、そこの違いは感じました。
樋口:同感です。視座の高さという点で本当に凄いなと思ったのはWeWorkですね。上場申請の一件から多くの批判を受けているWeWorkですが、何が凄いかというとシェアオフィスという領域にかなりの後発で参入したのにも関わらず、それを自国だけでなくグローバル展開しようという視座の高さ。そして、上手くいくかどうかもわからない中で、やりきろうとする姿勢。
僕が同じビジネスをやるならグローバル展開しようとは思わないです。なぜなら、シェアオフィスは既に各国にあるので「今更世界に進出するのは無理だろう」と決めつけてしまうから。なので、WeWorkを知った時は衝撃を受けましたね。
桜井:ただ、そういった海外の企業が最初から世界的な企業を創ろうとしているかというとそうではありません。どの企業も最初はかなり狭い範囲で目の前の消費者と徹底的に向き合い、プロダクトを作っています。
日本からこういう発信をすると、「最初から世界企業を創ろう。そのためのチームを、そのためのビジネスモデルを」ってなりがちだと思うんですが、実際問題そうではありません。一応視野として世界展開を入れているかどうか、そこもそれだけの差ですし、世界展開をすることが重要ということではありません。要は、目の前の消費者と徹底的に向き合った結果、その先に世界が見えるか否か。そういう意味では先ほどの視座の高さという話にも繋がるのかなと思っています。
樋口:不動産業界は国によって商慣習が違うので、グローバル展開は難しいと言われてきました。ただ、アメリカや中国を始めとする海外市場を調べている中で、「本当にそうなのか?」と疑問に感じています。
例えば、日本では多くの会社が提供している不動産の賃貸管理業ですが、中国では約5年前に賃貸管理サービスを提供する企業が出てくるまで賃貸管理業は存在しませんでした。このように今は特定の業態やサービスがない国においても、後々国やマーケットの発展とともに業態が起こり、サービスが提供されることは十分に考えられます。
不動産業界が規制産業と言われる所以である法律の部分に関しては、国ごとに事情が異なり、尚且つ改正には時間がかかるため、すぐにサービスを横展開するのが難しい地域は間違いなくあります。ただ、先ほどの中国の例のように、マーケットの発展と共に横展開が可能となる地域も出てくることを考えると、グローバル展開はこれまで考えていたほど難しくないのではないか、と思うようになりました。
樋口:世界で勝つためのニーズを探すことです。
不動産業界でグローバル展開を視野に入れた時に一番難しいなと思ったのが、国内で展開しているプロダクトと海外で展開するプロダクトが違うこと。もともと商慣習の違いから各国の事情に合わせたプロダクトを作らないといけない、という先入観があったのでそこに対する課題感は非常に強く持っていました。
しかし、GAグループとして提供しているプロダクトの数も増え、各国の市場調査を行っていく中で「GAグループが持っているプロダクトの内、何かしらは世界に通用するのではないか」と思うようになりました。なので、今年度から予定している海外進出は、実際にそれが正しいかどうかを検証することが主目的になっています。
樋口:そうですね。GAグループとしては創業10年目となる2023年までに国内でしっかりとイノベーションを起こせるようなプロダクトを作れているかどうか、が重要だと考えています。ただ、仮に国内でイノベーションを起こせたとしても、そこから海外に繋げていくのだと遅い。
だからこそ、創業10年目まで残り3年となった今が海外進出のタイミングだと思いました。
桜井:データの活用や連携が進むと考えています。それは、PropTechのスタートアップ企業が増えてきていることと、それに伴い「データを活用したい」という声が増えてきていることが理由として挙げられます。
これまで不動産業界でサービスを提供してきたデベロッパーやREITの方々とお話ししてみると、「データを提供する場がなく、活用方法もよくわからなかったので提供に踏み切れなかった」という声をよく聞きます。今まで「データを出したくない」「囲い込んでいた」と思われていた彼らですが、実はそうではなくデータのオープン化については前向きです。
データは自分たちだけで持っていても意味がないですし、他の事業者が保有しているデータとの掛け算により量も増え、質も変わってきます。データを活用したい企業からの声も後押しとなり、今後はデータを活用したビジネスが生まれるためのインフラ・データ流通の基盤作りというトレンドが加速すると予測しています。
もう一つ、これは純粋な興味なんですが、仮に不動産のデータ流通基盤が整備されたとして、そのデータにAIを掛け合わせた時の精度には非常に興味があります。これは業界的にも検証のフェーズに入っており、データ流通基盤の整備とそこからのAI活用の流れは進んでいます。
桜井:はい、海外も同様です。例えば、アメリカのReonomyという会社が良い例ですね。
Reonomyは商用不動産に関するスタートアップで、不動産ファンドやデベロッパーの方々にサービスを提供しています。この会社は商用不動産に関するあらゆるデータを購入しつつ、自分たちでもオリジナルのデータを集め、唯一無二の不動産データプラットフォームを構築するところまで着手をしています。Reonomyが目指すBtoBのビジネスモデルが検証されたフェーズとまでは言えませんが、様々なデータを統合したデータベースが作られ始めているのは大きな変化の一つと言えます。
桜井:そうですね。
樋口:特定の領域ではなくPropTech全体の話になりますが、今後3年の間に国内外でリーディングカンパニーが出てくるかどうかが非常に重要です。
不動産業界はもう何十年も変わっていません。世界的にPropTechが盛り上がっているタイミングで、日本の不動産業界全体を動かせるような企業が出てこないと、この盛り上がりも続かないと思っています。
FinTechが盛り上がりをみせているのも、大手、ベンチャー問わずFinTech領域に参入し、競い合うことで急速にテクノロジー化が進み、銀行含めてオープンマインドになったから。それによって、イノベーションが徐々に起きていると思います。PropTechにおいても、市場全体がもっとテクノロジーと向き合う必要があります。その流れを作るためにもリーディングカンパニーが出てくることは重要ですし、そういった企業が出てくることによりイノベーションのスピードも加速すると考えています。
そういう意味では、新型コロナウイルスの影響を受け、人に会うことができないという現状は不動産業界に大きな変化をもたらすと考えています。なぜなら、「人に会わずに契約できないか」、「リモートで業務できないか」、という今まで考えてこなかったことを考え始める不動産会社が増えているからです。
感染症が拡大していることは当然喜ばしくはないですが、その影響により起こりつつある不動産業界の変化をポジティブに捉え、デジタルシフト出来るものはデジタルシフトする。それにより、顧客にベストな体験を提供できるようになります。その結果短期的に市場がダメージを受けようとも、中長期では間違いなく活性化していくと思います。
桜井:確かに新型コロナウィルスの世界的な感染拡大は、あらゆる業界の電子化、デジタル化を結果として急速に後押しする形になっています。特徴的なのはこれが全世界共通ということです。私たちも海外のPropTech起業家、ベンチャーキャピタル(投資家)、各国のPropTechコミュニティのリーダー達と日々連携をしています。その連携がオンラインでのコミュニケーションを通じて新型コロナ以降急速に拡大、密に連携するようになりました。
そして、新型コロナの影響下で、不動産業界をもっと良くしよう、業界で働く人々やサービスを利用する人にとって安心安全で便利なものにしていこう、という機運が世界中で広がっています。こうした世界的な動きをGAテクノロジーズをはじめ私たちが日本から牽引していきたいと思います。
桜井:各国の不動産市場はそれぞれ状況が異なりますが、技術やビジネスモデル、ファウンダーの能力に差はないと思っています。ただ、これから差が出てくると思うのは、誰を顧客と見れるか、というところ。そのスタンダードを作った企業が不動産業界のリーディングカンパニーとなり得るんじゃないかと考えています。
例えば、国ごとに法律を読み解いていくと、不動産のオーナーが有利な法律なのか、入居者が有利な法律なのかは国によって全く違うんですね。これは法律だけの話ではなく、既存の不動産業界の各ビジネスにおいても同様です。
Facebookも、Uberも、Airbnbも消費者が感じている不便と徹底的に向き合い、その不便を解決するようなサービスを作ってきました。ただ、不動産業界の難しいところは向き合うべき関係者が多いところです。不動産を借りる人も消費者、買う人も消費者。不動産を所有しているオーナーも勿論消費者になり得ます。そうなった時に誰のためのプロダクトを作るのが正解なのか。それを世界的に見ても決め切ることができていないんですね。
桜井:規制が厳しい産業は誰かを守らないといけないからこそ、規制が厳しくなっています。しかし、結果的にその規制が各消費者やサービスを提供している企業にも負担を強いるものになっているというのが現状です。そして、それらが既得権益化し、不動産業界への参入障壁を高くしています。
その現状を鑑みると、特定の誰かのために振り切るのは難しい。だからこそ、本当の意味でのツーサイドプラットフォームのような、WIN-WINなモデルを作ることが求められてきます。そのモデルとなり得る可能性があるのは、特定の消費者にフレンドリーなサービスではなく、BtoCやBtoBのプロダクトを網羅的に展開するプラットフォーマー、なのではないでしょうか。
桜井:はい。しかし、関係者全員の不便を解消することができるプレイヤーは、今の所国内にも国外にも存在していません。その結果、囲い込みや両手仲介のように、買い手も売り手も不利益を被るような世界ができています。そういった現状は全く健全ではありません。だからこそ、今後はそういった不健全な状態を健全化していくことが、全世界共通で必要になってきます。
関係者がWIN-WINになるプラットフォーマーを世界各国の企業が目指そうとしている中で、その大きな市場にチャレンジする人がどんどん増えるべきですし、日本から世界をリードする企業が出てくることを期待しています。
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